About 2007年01月

2007年01月にブログ「東海大学 旭川キャンパス 神崎 実 のホームページ」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

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2007年01月 アーカイブ

2007年01月31日

藝術のなかった東京芸術大学

昨夜市内のライブハウス、カジノドライブにてOKI DUB AINU BANDのライブがあった。
このバンド代表のオキさんは、先住民族アイヌの血を受け継ぐアーティストである。今回のライブはアイヌの楽器であるトンコリをはじめギター、ムックリ、ピア二カを駆使して3時間を超えるものとなった。
このライブの感想から申し上げると、私がここ数年間に海外でのライブ鑑賞も含めた中でも最もカッコ良いものだと感じた。それは音楽そのものもさることながら、オキさんの喋りやバンドメンバーのキャラクターの魅力、何より会場を包み込む聴衆の雰囲気が最高だったのだ。アイヌの方々は当然のこと、国外からの聴衆も多くいらっしゃり、旭川ではめずらしく人種を超えたライブを経験することが出来た。

話は少し飛ぶ。私の卒業した大学では、当時(20数年前)海外(特に欧米)からの留学生に「ここの大学には藝術がないね」と言われていた。
その理由は当時学生であった私も薄々感づいていた。それは担当教員や主任教授に指導されるままに作品を制作する姿勢と、そうしなければ大学に残れなかった学生達の立場を留学生が見抜いていたのである。
今になってある程度の確信を得ることが少しだけできる。それは表現すると言うことについて、指導者も含めてまわりから言われて言われるように表現したものを、藝術作品と言わないのだと言うことだ。

そこで藝術のなかった東京芸術大学を卒業した私が、現在に於いて卒業生の中から藝術家と呼べる人々を挙げて見ると。
・SONYの元会議長の大賀典雄さん(退職金の約8億円を軽井沢音楽ホール建設のために寄付)
・現在写家として活動されている藤原新也さん(学生時にインドで書かれたインド漂流は多くの人々を変革)
そして、オキさんの名前を挙げたい。
私にとって現在、理想の藝術家に最も近い表現者の一人がオキさんである。

2007年01月28日

ギター作家小田島作品の演奏会が盛況に終了!

昨日、和寒在住のアーチトップギター作家小田島尚人さん制作のギターによる演奏会が、北画廊にておこなわれ50人近くの聴衆を集め無事終了した。
芸術に造詣の深い方から突っ込みを入れられるかも知れないが、一般的にギターを制作のセイサクは製作を使う。しかしここではあえて制作を使わせて頂いた。
それぐらい彼の作ったギターが素晴らしい作品だったのだ。
また当日は和寒をはじめ、士別、札幌からも多くのミュージシャンの方達が来場された。またマスコミの方達もテレビ局を含め3社こられており、その方達が市外から来場されていらしたことからも彼に対する注目度は想像を超えていた。
しかし残念だったのは、早い時期に市内のマスコミに情報を流していたにも関わらず、ほとんどの市内関係者が取材に来られなかったことである。

今回お願いした経緯は、昨年末テレビに出演されていた小田島さんが、「この地域のメープル材(楓材)の音をギターに生かしたい」と言われていた時に、会って見たいと思ったのが切っ掛けである。
その後、和寒のアトリエにお邪魔させて頂いた時には、お世辞にも整ったと言える環境でない場所で、氷点下に近い室温の中で作業されていた。ふとその時、20数年前にはじめて北海道に来て同じように廃校跡地にて制作していた自分の過去と重なった。
しかし、当時の私と比べるとはるかに完成度の高い作品を制作されているし、何よりも私よりずっと謙虚で真摯であった。
今後予想できることとしては、地元北海道から世界で注目されるギターが誕生する可能性があると言うことである。
ご来場頂いた方達に心より感謝申し上げます。

追伸
以前ブログにて書かせて頂いたチャッピーが一昨日亡くなりました。ご心配をお掛け致しました皆様にご報告させて頂きますと同時に、哀悼を捧げます。

2007年01月24日

田中康夫夕張市長誕生か!

北海道の現状を把握する必要性を感じ、昨年末より何度か夕張を訪れている。
一昨日も市の企画広報課長さんとお話をさせて頂いた。
厳しい報道規制が敷かれている中で会って頂いたことに感謝すると共に、春からは給与も削減され総合病院も無くなる可能性の中で、職員として残ろうと決められた方々に敬意を表したいと思う。
また後藤市長や幹部職員に多くの問題があったのだろうが、若手職員の方々にはそれ程罪がないと感じている。若手職員で残られる方々には、今まで行われてきたことを教訓に新たな夕張市の再生のために全力をあげて頂きたい。

ところで昨日、田中康夫さんが夕張市長選挙に立候補する可能性を記者会見で語ったようである。
私もかねてより夕張の再生が北海道の再生へ、引いては日本の再生・改革に繋がるものだと考えていたので先を越された感があるが、ここは是非とも市長になって頂きたい。
本音としたら田中さんには道知事になって頂いた方が、北海道の再生にも改革にも繋がるのでないかと思っている。しかし、最終的にはご本人が決められることであろうし、そうでなければ旧態依然の体質から脱却できないであろうとも考えている。

そのまんま東さんが宮崎県知事になられたのも、彼自身の宮崎に対する思いの強さと、政党や組織に一切頼らない姿勢が多くの県民に理解されたのではないだろうか。
田中康夫さんも長野県知事になられた当初は政党との繋がりも細かったであろうが、任期中に一部の政党と繋がりを強くした結果、知事の座を奪われてしまった側面も拭い切れないであろう。
しかし現在、お世辞にも大きいとは言えない新党日本の代表として、田中康夫自身の考えで行動している状況を見ていると、応援することが改革に繋がるのでないかとも考えている。

2007年01月21日

豪雪バスターズ

昨日ゼミの学生と一緒に授業の一貫として、高齢者・障害者の施設の除雪をして来た。
北陸・信越・東北の雪国では、数年前から地域の方々や学生達がボランティアで地域の困っていらっしゃる方々の家や施設を除雪することが行われていた。
しかし除雪に関する補助金が北海道では多かったせいか、ボランティアによる除雪が遅れていた。
今回の件で社会福祉協議会に連絡したところ、市内で授業の一環としてのボランティア除雪は初めててだった様である。それにも関わらず職員の方々の対応は頗る良く、こちらとしても気持ちよくボランティア活動させて頂いている。

今回実際にボランティア除雪をしたところ、思った以上にハードだった。
私のゼミの学生8人も決して優等生ばかりで無いこともあり、何人かはボランティアをやって単位認定して貰えればイイや等の軽い気持ちもあった様である。
当日は朝9時30分に集合して10時からの作業であった。一ヶ所目は200㎡前後の平屋施設の屋根の雪下ろしであったが、圧雪されたうえに下部は固くなった70cm厚の雪を2方向にだけしか下ろすことが出来なかった。そのこともあって、私も入れて9人が休みなく働いて1時間かかってしまった。
そこが終了して二ヶ所目に直行した。そこではママさんダンプ200杯近くの雪を50メーター程離れた場所まで移動させるのに1時間近くかかり、時既に12時を過ぎていた。
幸いにもその施設でお年よりの方々と、昼食をご馳走になることとなった。嬉しかったのはお年よりの方々に歓迎されたことと、学生達がお年寄りに対してフレンドリーだったことである。また、施設長から「お年寄りがこんなに楽しそうにしていることはあまり無いので、これからも来て下さい」と言われた時には心優しき学生達に感謝せざるを得なかった。
午後からは午前に比べれば作業が多少楽であったが、軽い気持ちで参加した学生にとっては辛かったことと思われる。
来週土曜日も学生と共に豪雪バスターズであるが、参加辞退する学生がいないことを願っている。

2007年01月19日

北画廊1月の企画開催のお知らせ

■ハンドメイドアコースティックギター演奏会
北海道和寒町在住アーチトップギター作家、小田島尚人さん製作のギターによる演奏会です。
小田島尚人さんは、道産木材を使用したギター造りに情熱を注ぎ、日々さらなる音への追求のためギターを作りつづけています。
演奏会は、主に二人のギターミュージシャンによる演奏に加え、ピアノや小田島尚人さんとのセッションを予定しています。
当日は簡単なパーティー形式で行われるため、ご気軽にご来場下さい。
来場者の方も実際にギターを試演することも出来ます。

日時:2007年1月27日(土) 午後7:00から
会場:北画廊1階 ※入場無料

■丹野 則雄 木製クラフト作品展示
北海道旭川市在住木製クラフト作家、丹野 則雄さんのクラフト作品を展示いたします。
丹野 則雄さんは木製の小箱(カードケース、印鑑入れ、ペンケースなど)を作っており、止め金や蝶つがいなどのパーツも木で作られた作品には日本中の愛好家が愛用しています。
それらの作品を十数点展示予定しています。

■tomorrow(トモロオ)「跳ぶ野菜」展
12年前に「北画廊」から活動が始まったトモロオ(当時はtomo)の北画廊10年ぶりの個展です。
その間、合同企画展、アートイベントの企画演出、自主制作映画の参加等の多分野にわたって活動続けた中での、最近の作品を中心に展示いたします。
またオブジェやプリントフレーム、ポストカード等を展示いたします。

丹野 則雄 木製クラフト作品展示・tomorrow(トモロオ)「跳ぶ野菜」展は供に下記スケジュールです。(同時開催)また、地元若手作家の常設展示作品も併せて展示いたします。
日時:2007年1月20日(土)〜28日(日) 午前10:30〜午後8:00
会場:北画廊1/2階 ※入場無料

2007年01月17日

日本の夜明け

市長選挙が終わり3ヶ月が経過しようとしている。
選挙前あれだけマスコミも世論も私のことを奇人・変人・ドンキホーテと言っていたのに、最近は以前ほど偏見の目で見られなくなった。それどころか自ら「奇人の神崎です」と言うと、そんなことは無いですよと逆に言い返される始末である。
私本人は昔とほとんど変わってないと思ってるし、身内からもそう思われてる。
しかし、多くの市民の方々から「最近大人になったね」とよく言われる。今でも毎日のように言い争うことがあるし、先だっても不法に駐車している運転手と議論となり警察を呼ぶこともあった。
ひょっとしたら私が思っていた以上に7515票に意味があったのだろうか。
私はリコール活動以降このまちで死に物狂いで生きている。実際に4回ほど殺されかけて、3回ほど逮捕されかけた。だからこそ選挙活動も死に物狂いで戦った。今思っても不思議なことだが、大したトレーニングもせず1日100km7日間で700kmもよく自転車で走れたものだと。
そのことを含め7500人を超える方達が理解していてくれたのであれば、誠にありがたいことである。
また、政党から支援を受けた人達にはたかが7500票かもしれないが、私にとってはされど7500票である。
話は少しそれるかも知れないが、以前より共感しているそのまんま東さんが宮崎県知事に当選される可能性が高くなった現在、この国が変われるかも知れないと思っている。
また次に変わる時には、明治維新の時以上に国民のための国家であるべきだとも思う。
私には少しだけ日本の夜明けが見えてきた。

2007年01月14日

政治・経済・教育

最近国づくり・地域づくりで最も重要なキーワードは、教育だと考えている。
このことはこの18年間、東海大学とのゆかりの深い北欧の国々に10回近く訪問させて頂いたことからも感じている。
これらの国では先の第一次・二次世界大戦に参戦していないどころか、戦争終結に尽力を尽くした国々である。しかしこれらの国々でも、古くヴァイキングの時代には争いが絶えなかった。その後、これらの国々では限りない程の話し合いをすることにより和平の道を歩んでいる。
特にスウェーデンでは200年以上も前の議会運営にて公平な話し合いが行われるようにする為、オンブズマンがチェック機関として設置されている。また議会の構成メンバーの比率も男女ほぼ同等である。
北欧の国々ではこれらの考え方が広く教育の世界にも浸透している
デンマークではグルントビーによって国民高等学校が提案され古くから運営されている。この学校は全ての国民が教育を受ける権利を認めたもので、特に冬場の農業従事者に対して幅広い教育を行うものである。結果として農業従事者が幅広い教育を受けることによって農・畜産物の収量を格段に増やすこととなる。
フィンランドでは子供達に対して芸術教育を早期から行っており、教科書等に関しても独自の解かり易く興味を引くものにしている。3年程前に東海大学に留学していた学生の絵画作品を、小学校5~6年生の歴史の教科書に採用し、興味を引くものにしていた。
北欧の国々では教育に最も力を入れている。デンマークでは国を再建する為に必要なことは教育だとの考えの基、国づくりが行われている。
東海大学もこのデンマーク国の考え方が創設の理念にもなっている。
政治・経済・教育の中で最も重要なことが教育だと再認識されている現在、私としては国内の教育を北欧の国々の様な環境にする為、政治の分野も重要だと考えている。
東海大学創設者の松前重義博士が私の年と同じ頃、政治活動を行ったことからも。

2007年01月13日

今日、テレビ出演!

残念だが以前にもお話した通り、私が直接出演する訳ではない。
10年程前から数学者の秋山仁教授と共同研究している作品が出演するのである。
今までも何度か私達の制作した作品がNHKテレビをはじめ各民放でも取り上げられているが、今回の作品についてはその中でも今後商品化の可能性を秘めた作品だと考えている。
作品名は「音楽を奏でる木」と言う。
この作品は大学で技術員をされている山口さんが制作していたものに私が改良を加え、商品化に向けて2年前より制作に取り組んでいる。
作品制作の狙いとしては、音楽も数学と深い関係があると伝えるためである。
一見受験だけのための教科と思われがちな数学も、音楽を奏でるためには重要な役割を担っている。また受験に必要ないと思われている音楽も、社会の中では重要な役割を担っている。
これらのことから、今この国の教育に必要なことの一つとして伝えたいことは、「各教科の重要性に優劣が無いこと」である。
しかし現実にこの国では、「主要3教科・不要3教科」との言いまわしが受験産業の世界だけでなく、公立の学校ですら違和感なく使われている。
今後もこの様な教育システムでこの国はよいのであろうか・・・。
今日の午後7時より日テレ系の「世界一受けたい授業」1時間目の数学にて、皆さんがどのように感じて頂けるか、少しの不安もあるが是非視聴して頂きたい。

2007年01月10日

初夢はオンブズマン

オンブズマンてご存知だろうか?
私も良く知らなかったのだが「代弁者」のことらしい。
歴史は古く今から200年前、東海大学とも親交の深いスウェーデンで「国会・正義のためのオンブズマン」としてはじまったのである。
そもそも200年も前から議会制民主主義に近いことがおこなわれていたスウェーデンに驚くのだが、その当時から官僚や議員に不正する者がいたことに関しては脅威でもある。
日本でも10年程前から全国に普及している。札幌市でも数年前から行政により公的機関として、行政をはじめ政治家等もチェックする機関として位置付けされている。
そもそも行政には監査委員(旭川市の場合、月20万円近く手当てが出ている)がいるのだから不正が起こることは無い筈なのだが、全国的に見ても監査委員会がチェック機関として機能していない例が多いようである。
旭川市の場合ここ10年、毎年のように行政内での不正や疑惑があり、逮捕者や有罪になった幹部が何人もいたにも関わらず、監査委員会がチェックして見つけ出した訳ではないく、殆んどは市民有志と道警が告発して不正が発覚しているのである。
私が解らないのは、このような状況下のまちで何故オンブズマンが生まれてこないのか?である。
私の基本的な考え方は生善説である。しかし、環境によって幾らでも悪人に生まれ変わってしまう人がいるのだとも考えている。
2年半前に旭川市ではじめてリコール活動をおこなった私として、行政の幹部が悪人に生まれ変わった時にはオンブズマンになり戦うべきだと考えている。

2007年01月04日

新年あけましておめでとうございます。

もう4日になってしまっている。
今更あけおめでも無いとは思うのだが、年賀状も書き終わってないのだから、まあいいかと思っている。
この4日間何をしていたかと言うと、結論の出ないであろうことについて悩んでいた。
内容は今後の仕事や生き方についてである。
特にまち中に出かけて見たら、イオンをはじめ多くのショップが年末年始関係無く営業しており、必要以上に年末年始に拘束されないでいる自分の環境が恵まれていると気づくのであった。
それは日ごろ公務員や天下り連中に対して問題提議している自分が、その方達と同じ様に恵まれた環境で生活していることへ対しての自己嫌悪でもあった。
現実には高齢者も含めた多くの年収300万円以下の労働者の方々が、このまちを支えていらっしゃるからこそ、私のような若造が年末年始休めるのである。
そのことを日ごろ自覚できていない我に対しての自己嫌悪でもあるのだろう。
そこで正月から、何を今後していくことが我にとって一番有意義に生きていけるのであろうか。と悩んでいたのである。
このまま大学教員なのか、芸術家なのか、経営者なのか、政治家なのか、何をすることが社会にとっても我にとっても有意義なのか悩んでいたのである。
それとて有効求人倍率0.5倍のこのまちでは、すこぶる恵まれた悩みとしかとらえて頂けないであることも十分理解した上で考えさせて頂いた。
その結果は当然出ていない。
しかし今年は統一地方選挙の年である。
もし政治家になると覚悟を決めることが出来たら、今月末までには表明するべきであろうと考えている。
その場合、今の仕事を当然辞めなくてはならないであろう。
だとすると今まで以上に反対する方達がいらっしゃることは充分想像できる。
どちらにしても今年は覚悟を決めて勝負の年になりそうだ。