About 2007年02月

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2007年02月28日

選挙に行こう!

統一地方選挙がおこなわれるまで、あと1ヶ月少しとなって来た。
今回の選挙は旭川や北海道を変革する意味でも、また日本を変革する意味でもとても重要なことであると共に、歴史的にもターニングポイントになることを予想している。
高度経済成長期での政治家の仕事の中心は、公共事業等を多く取ってくることであり、道内でのダム建設・港湾工事・リゾート開発等がその象徴でもあった。
しかしながらそれらの公共事業に血税や年金を膨大に使った結果、残念なことに世界一の借金大国になったのも事実である。

これからの政治家に求められる重要なものは、以下の点だと考えている。
・教育 こども達が生きる力を育める教育環境の創造
・福祉 お年寄りが死の直前まで生きがいを持って生をまっとうできる環境構築
・経済 自社の利益追求型から国益追求型を飛び越し、地球益追求型に変化させる

私としてはこれらのことを目標に、公僕として活躍される方々が一人でも多く当選されることを望む。

今回の選挙では利権・談合を排除して、市民・道民一人一人の立場になって行動できるグローバルな感覚を持ち合わせた政治家が必要だろう。
そのためにも、新しい感覚を持った人々や若い感覚を持った人々が政治の世界に飛び込んで頂きたいと熱望している。
昨日の道議・市議立候補予定者説明会に来られていた方々の平均年齢が50歳を軽く超えてた現状を見ると、そのことを特に強く感じる。
私達の未来は決して楽観視できないどころか、生まれながらにして多くの借金を背負わされている現状を考えると、自ら立ち上がり自ら創造し自ら未来を切り開いて行くしかないのであろうと考える。
若い精神を持った者達よ、取り合えず選挙に行こうよ。

2007年02月24日

ゆうばり映画祭「バベル」を鑑賞して

昨日、ゆうばり応援映画祭を鑑賞するために夕張へ行って来た。今回で夕張に行ったのは昨年末より5回目を数えることになるだろうか。
今回は映画祭の始まる時間より3時間程早く行き、夕張市美術館で行われていた応援美術の企画展を鑑賞したり、市役所に行って今までの夕張市の財政状況を調べさせて頂いたりもした。
特に美術展で目を引いた作品が秋山祐徳太子の作品で、「ダリコ」に代表される作品や東京都知事選挙に出馬された時の思いを彷彿させる作品を見た時、夕張を変えることが出来るのはこの様な人物なので無いかとも思わされた。
また、市役所で5~6年前の財政状況や市民から取ったアンケート調査を調べさせて頂いたところ、その当時より今の状況になることは明白だったのでないかと推測することも出来た。

そんなことをしてる間に時は過ぎて「バベル」が始まる時間となったのである。
この映画はアカデミーショーの各部門にノミネートされてること、特に菊地凛子さんの助演女優賞がかかっていることに注目が集まっているが、それよりも内容に一見の価値を見いだすことが出来た。
それはこの映画が今の世界情勢の縮図を描き出していると、感じたからである。
ストーリーとしては、モロッコとアメリカ・メキシコと日本を舞台に小刻みにシーンが変化すると共に、恋人・家族・友人と国家間の対立が同じレベルで描かれている。
また、マイケル・ムーア監督の「華氏911」にも匹敵するぐらい、各国や各国の人々に対して警鐘を鳴らすと共に、考えさせられることを多く含んでいる作品でもあった。
「バベル」とは、物質文明の価値観中心で構築された巨大な都市空間の中で、飽食な生活に麻痺して生きている人類に対して、神が人々からコミニュケーションの手段を分断させること。
そのことによって人類は人としての生き方を再認識して、新たな人と人との関係を手探りで探し始めなければならないのであろう。
そしてそれを行動に移さなくてはいけないのが、今なのかも知れないと強く感じた。
しかしながら帰り際、500人を超える多くの鑑賞者の話し声の多くの内容は「何を言いたかったのか全く分からなかったね」等の内容だった。

2007年02月20日

夕張市の異再生

先週末から今週末まではとても過密なスケジュールとなっている。
先週末は秋山仁教授と共同で研究しているマセマティカルアート作品展の、小学生を対象とした算数おもしろ教室を札幌のグランドホテルにておこなった。
その後今朝から、くらしデザイン学科の卒業作品展示会(2月20日~25日・大丸藤井セントラル)の搬入を行い、明日から搬出のある25日まで札幌に通う予定である。
幸いなことに過密なスケジュールの中でも23日だけは時間をつくることができたので、夕張にておこなわれるゆうばり応援映画祭に夕刻より伺う予定である。
そこで「バベル」と「ゴーストライダー」を鑑賞させて頂くことを楽しみにしている。

ところで今回、「夕張市の異再生」とタイトルに書かせて頂いたのには訳がある。
それは夕張を今までと同じ様なまちに再生するのでは無く、今までと違う価値観を持ったまちでありながら、福祉・教育に関しては今までと同様かそれ以上のサービスが受けれるようにならないかとの思いからである。
今までと違う価値観とは国からの指示の基、単純労働をすることにより国からの補助金中心の給与を貰い生活することだけで無く、新しい創造性のある仕事を生み出し、育てることを重要視することによって、補助金だけに頼らず自立した地域として生まれ変わることだと思っている。
そうするために、藝術と科学をまちの中から絶やしてはいけないと強く考えている。
また、そうすることによって伝統・文化・教育の質を下げること無く、この地域を末永く存続させることに繋がるのでは無いかとも考えている。

この思いや考えは子供の頃より生け花の世界に触れて来たことや、青年期に藝術活動に没頭したことから来ているのであろうと思われる。
それと忘れてならないのは、10年前より立体作品を使い数学や科学の面白さを伝えてきたマセマティカルアート作品の全国・世界での巡回展を実施した経験から来ているのであろうと言うことである。
これまでの私の経験からこの夕張の地域を存続させるために強く思うこと、それは地域経済を活性化させることは当面当然のこととして、それと並行して活性化させなくていけないことが国際的にも叫ばれているように、藝術と科学教育だと確信している。
その意味でも、夕張映画祭を今年度のように応援映画祭としてこの地域に存続させることが重要なのだと考えている。

2007年02月17日

アイヌのこころ

昨日、大学内でトンコリ奏者のオキさんの演奏会がおこなわれた。
総勢40~50人のこじんまりとした温かみのあるもので、内容もトンコリ中心のソロだったのでバンドのメンバーで演奏する時とかなりの違いがあった。
特に、ドラムもベースも無かったので、トンコリの温かみのあり奥深い音色が響き渡り、それが演奏会場を包み込んむ状況だった。
また演奏を聞いてる内に、先住民族の方々がこの地で生きてこられた思いや自然に対する優しさが伝わって、全てのものと共存しているのだと実感することができ、幸せな気持ちになれた

そもそもアイヌは自然と共に生きることを大切にしており、全てのものの中に神が宿り、それら全てのものに対して感謝を捧げることを心掛けていた。
今現在もそうなんだと感じることがある。
それは昨年、アイヌの方達とチセ(住居)をつくっていた時に、ある部分に釘を使っていたので「蔦等で全部縛らないのですか?」と聞いた。するとアイヌの方が「釘が無い時代には全て蔦等で止めていたのだが、今、アケビやコクワの蔦を大量に使うと森のクマが困ってしまうだろ。」と言われていた。
確かにクマの食糧を森から大量に取ってきては、クマが困って麓の村まで下りて来るかもしれない。
また、その方は「必要以上に今までのやり方にこだわることは無いのだよ。」とも言われていた。
昨今、自分たちの生活のことにばかりに目がいって、肝心な筈の他人との関係や自然との関係に考えが及ば無くなってる方々が増えてるのではないだろうか。
今回、アイヌの音を聞きながら、それが自然や全てのものを思いやるこころの響きなのだと感じることができた。

2007年02月15日

道議会選挙説明会

昨年末の市長選挙の時の事前説明会に、立起を表明している人の中で何故か私だけが案内を受けてなく、参加できなかった経緯に関しては以前書かせて頂いてある。
今回は正式に道議会議員選挙に出馬表明してる訳でもないのに、2週間ほど前に道議選に関する事前説明会が2月27日にあるとの案内が自宅に来ていた。
内容を読むと、市議選挙と道議選挙の立候補予定者に対して事前説明会を市選挙管理委員会にておこなうと書かれていた。

それ以来、何故、と思っていた。
それは、市議選挙の事前説明会を市選管がおこなうことに理解は出来るが、道議選挙の事前説明会に何故、市選管が説明をするのかについて理解できなかったからである。
そこで、市選管でも道議選挙について詳しいのかと思い昨日聞きに行ってきた。
すると道議選挙に関する後援会用の告知板ひとつのことについてもあまり理解されておらず、相当の時間を取らされてしまった。また道選管に聞いた方が早いのでないですかとアドバイスしても、プライドがあるのかなかなか電話をかけて聞くことすらされてなかった。
私もこの程度のことで2時間も時間を取らされていたので、事前説明会についての意見書を今出したいと話したところ、ここでは道議選挙に関しての意見書を受理できないと言われた。
え! だから貴方達が道議会選挙の説明会をおこなうことに無理があると言ったら、職員は黙っていた。
その時、この方達とでは話にならないと思い道選管に事情を話すと、私の話を理解して頂き意見書を受理するようにと市選管に要請して頂いた。

後で解ったことだが、今から統一地方選挙が終わるまでの期間中、市選管の職員は選挙管理委員を除き道選管から委嘱を受けているそうである。
それ故、道議選に関する道民からの意見書の受理を拒んだことは、道選管から委嘱を受けている市選管職員の対応として不適切だったと言わざるを得ない。
何時ものことだが、公平・公正を声高に叫んでいる(選挙管理委員だけかも知れないが)選挙管理委員会の職員の事務対応がずさんであれば、有権者も信用しなくなるであろう。
また、納税者としても多くの血税を無駄にして欲しくないと思うと同時に、個人的な見解としては今後選挙管理委員会の仕事を民間委託することも視野にいれても良いのでは無いかと思う。

2007年02月12日

夕張に核廃棄物が!?

脅かすようなタイトルでごめんなさい。
最近、核廃棄物を受け入れることの申し込みをしていたまちをご存知だろうか。
それは四国にある東洋町と言うまちで、町長がまちの財政難から核廃棄物を受け入れることにより国から補助金を受けることの出来る制度に申し込みをしていたそうである。
この町長の行為は財政健全化のための苦肉の策だったのだろうが、少なくとも住人の考え方や思いをもう少し聞くべきだったようにも思う。
結局この申請に関しては、住民の理解を得られてないことから却下されたようであるが・・。

同様に夕張市の現状を考えると、次に市長になる方が核廃棄物受け入れを住民に提案した場合に、住人から理解を得ることが出来ることも想像できるのではないだろうか。
また国も夕張市からの核廃棄物の受け入れ申し込みが出された場合、承諾するのではないのかとも思われる。
全国的に補助金が減った現在、夕張市のような状況のまちの多くは、ひも付きの補助金として核廃棄物も受け入れることを承諾せざるを得ない状況まで来ているようだ。

日本全国の財政難の地域では核廃棄物を受け入れてでも、まちを存続させて移住できないお年よりの生活を守りたいと思われていらっしゃるところもあるように見受けられる。
今現在、北朝鮮が中国からの要請で核を廃棄することと核廃棄物の受け入れを承諾することで、中国からの経済援助やエネルギー支援を受けようとしていることを、日本は非難できる立場にあるのであろうか。
自国の苦しい立場にあるお年寄りや子供達のことを考えれば、6カ国問題と同じぐらい夕張のことや地方の現状を真剣に考えるべきだと思う

2007年02月10日

夕張市に思うこと

昨日、前首相補佐官の飯島氏が、夕張市長選挙に立候補者がいなければ私が出馬することも考えていると共に再生するアイデアも持っている。と発言されたとのニュースが駆け巡った。
しかし、今日になって市長選に出馬することはない。との発言に変わってしまった。
一晩で何があったのか?それとも単純にマスコミが思い違いな報道をしてしまったのか?

私は2月2日の記者会見でワッカ会を立ち上げた。
この時の会見で、「夕張市長選挙にワッカ会から誰かを擁立したい。」と表明させて頂いた。
また、「夕張市長選挙に擁立することが出来ない場合には、私自らが出馬する可能性もある。」とも表明させて頂いた。
今回の私の思いとしては、基本的に旭川市長選挙の時と同じ思いである。
・それは行財政改革を徹底的に行うこと
・そのことにより少しでも資金を捻出してこの地で起業家を育てたり、この地でアイデアを持っている中小企業に融資を行うこと
それらの企業が特色ある商品や製品をつくり、それらを全国や世界にネット等も活用して提供することにより、補助金ではない外貨を手にすることが出来ると信じている。

なぜ夕張なのかと言うと
今この地域を再生させることが出来れば、今後多くの同じ様な状況におかれている地域の方々に少しでも勇気を伝えることが出来るのではないかと考えているからである。
また老後の安定した生活を信じて、命がけで働いてこられた炭鉱労働者の方々やその方々を支えてこられた主婦の方々にこれ以上の不安を抱かせたくないとの思いと、子供たちに厚みのある教育環境を提供したいからである。
何とかこの北海道の地域に生産性があり、世界に通用する企業を一つでも多く立ち上げることにより、福祉と教育に重点を置くことが出来ると信じている。

2007年02月08日

2月13日が一周忌の政治家

私がこの地域で最も尊敬する政治家が、一年前の平成18年2月13日にお亡くなりになられた故藤井猛先生である。
藤井猛先生とは15年程前にはじめてお会いしていた。それは私が結婚した時の披露宴に、相手方のご両親が呼ばれて参加されていたのである。
しかし私としては、そもそも山口県にいた時から政治家は大嫌いだった。それは親の仕事の関係で多くの政治家が自宅に来られていたが、子供心に、この人達の様に表裏がある人間には成りたくないと感じていたからであろうと思われる。
そんなこともあり、相手方のご両親が政治家を呼ばれたことについても腹立たしさを覚えていた記憶がある。その上披露宴会場は、玉置浩二と薬師丸ひろこが旭川での披露宴会場に使用した場所でもあるハーベストロードを使ったことに対しても、「こんな郊外でタクシー運転手も場所が分からないような所での披露宴に、はじめて参加する」との嫌味とも取れる発言にさすがの私も切れかけた記憶もある。

あれから10年経った5年ほど前から藤井猛さんの政治家としてのご活躍を調べて行くうちに、学のある人だと分かって来た。それは旧社会党の五十嵐広三さんが市長になられた時、自民党員でもあった藤井猛さんが、与党でありながら少数会派の旧社会党を支援をされたことにより議会運営がスムーズに運んだだけでなく、共産党も含めて一丸となり行政執行が出来たことからも伺い知れる。
また偶然にも、藤井さんは学生時にアーティストや藝術活動に興味を持っておられたようであり教育大で美術を学ばれていた。私も藝大で美術を学び、卒業後藝術活動を続けていることを考えると共通点を感じる。
その上、私の誕生日が2月13日であることを考えると、何か因縁めいたものも感じている。

2007年02月02日

政治団体を立ち上げました。

政治団体の名称は「ワッカ会」となりました。
ここひと月、政治団体の名称で色々な方々と激論(実際殴り合いになる直前までいった)になり、なかなか決まらなかった。
最終的には自由党・緑の党・緑の教育党・オンブズマン党・教育福祉党・藝術文化党・奇民党・進歩党・ラムピリカ党・ケウトンピリカ党等が候補に挙がっていた。昨日役員何人かで最終決定をして「ラムピリカ」に決まり、アイヌの代表者にも了解を得ていた。
しかし提出日の今日になって、それも上川支庁に書類を提出して記者会見までに1時間しか残されてない段階において、役員のひとりから電話が入った。内容は「ラムピリカ」では呼び難いので「ワッカ」にしませんかとの話だった。もう変更は無理だと考え電話を切ろうとしたが、これも何かの縁かとも思い早急に何人かに連絡して、最終的に「ワッカ会」とした。
その時の思いとしては、「ラムピリカ」を訳すと「正しい精神」、「ワッカ」を訳すと「水」だとのことだったので、ただの水では芸がないと思い「清い水」にしたかったためアイヌの方に聞いたところ「ネムワッカ」とのことだった。
しかし、ラムピリカもネムワッカもどちらとも美しい名前であるが、言葉としては覚え難いだろうと考えた。
私としては元々、正しい・美しい・清いとの言葉を名称に含ませたかったのだが、ふと逆に大政党が使うような言葉を使わない方が私達らしいのではないかとも考えた。
また役員との話し合いの中でも、私達が正しく・清くして行こうとする行為が大切であり、幸いアーティストがメンバーには何人かいるので、美しいに関しても対応できることに気づいた。
そこで記者会見直前に決まった名称が「ワッカ会」である。
「ワッカ会」の目的は、
物質文明で失われた精神文化を取り戻し、個性と理性とを大切にする理念の基、自然と共生し、差別や偏見のない正しい精神社会の実現のために必要な政治活動を行うことを目的とする。
みなさんの中で賛同していただける方々は是非ご入会頂きたく思っております。(年会費1,000円)

追記 ワッカはわっか(輪)の意味もあります。また水は生命の源であり、それを清くしていくことが私達の会の使命だとも思っております。