久間大臣の原爆が投下されたのは「しょうがない」発言に対して複雑な思いが込み上げてくる。
何故、長崎県選出の代議士でもある大臣がこの様な発言をしてしまったのか?
また、何故直ぐに訂正しなかったのか?
私の母も原爆投下時に広島の爆心地の近くに住んでいた。
私の最も尊敬するアーティスト殿敷侃さんも広島で被爆して若くして亡くなられた。
私自身も山口に住んでいたので小学生の頃より広島の惨状をこの目でよく見ていた。
沖縄戦もそうだが戦争で一番多く傷つくのは国民である。
当時の東条内閣には多くの問題があったであろうし、軍部にもアメリカに対しての見方に誤りがあったであろう。
東海大学を創設した松前重義も東条内閣のやり方に反対して、アメリカとの戦争を止めさせようとした一人ではあるが、当時他にも多くの人々が戦争に反対していたらしい。
しかしながら軍部はそれら戦争に反対する多くの人々を虐げ、残念なことに逓信省の局長職に就いていた松前も二等兵で最前線に送り込むのである。
その様な状況下で太平洋戦争に突入し、結果的には日本の原爆開発が一歩遅れたこともあり、アメリカもこれ以上の内地線での死傷者を増やさない為に、原爆で終止符を打とうとしたのだろうか。
だとすると久間大臣は何に対して、しょうがないと発言したのであろうか?
一つには東条内閣が、国内の多くのアメリカとの戦争反対者を抑圧してまで太平洋戦争に突入したのだから、しょうがないと思ったのか。
二つ目はアメリカの立場になって考えれば、内地線で多くの犠牲者を出すよりは原爆で終戦を迎えた方が被害者が少なくなるであろうと考えたから、しょうがないと思ったのか。
それとも全く違う理由なのか。
いずれにしてもお亡くなりになられた数十万人にものぼる広島・長崎の多くの住民の方々に、いったい何の責任があるのであろうか。
また、お亡くなりになられた方々の多くの親族の方々に「しょうがない」との発言が如何に心を傷つけるものであったかは計り知れないであろう。
私としても今回の大臣発言に対して怒りを感じているが、何が問題で何を言おうとしていたのかをもう少しじっくり考えたいと思う。