昨日、安倍総理が総理大臣を辞すると発言された。
私はこの発言に対して適切な時期に辞められると発言されてると思い、直ぐにでもブログに書き込もうとしたのだが、あいにく昨日は私自身が病院のベットの上だった。
先ほど退院できたので(総理は入院されたようだが)、その時の思いを書き込みたい。
安倍総理の思いは祖父でもある岸総理の実現できなかったことを遂行することだと思われていたようだが、実際にそうだったのだろうか。
安倍晋三総理の晋三が高杉晋作の晋作から名づけられたことを考えると、日米の関係を強化する安保条約や現在のテロ特措法を認め推進することは戦後レジーム(アメリカからの管理体制化の状況)からの脱却と逆行すると思われる。
また、晋作が夢見ていた国が「面白く美しい国」だとしても、晋三総理が夢見ていた「美しい国」とは違っていたであろうし、そのイメージが今の住人や国民に理解されてこなかったとしても無理はないであろう。
戦後レジームからの脱却が国民自らの手によって新憲法を考え、自らの技術で産業を活性化させることであるならば、アメリカとの関係強化に必要以上に拘ることに無理があったのではないだろうか。
そしてこの国が犯してきた間違えを中国・韓国に謝罪する姿勢は理解できるが、それと同時にアメリカに対しても小泉前総理同様に関係強化を貫く姿勢に多くの国民が理解できなかったのではなかったか。
私は安倍総理の考えていた戦後レジームからの脱却によって、国民一人一人が新憲法や新たなライフスタイル、新たな教育システムを考え導入することが合意されることによって、新たな夜明けとしての美しい国が誕生することもあると考えていた。
しかしながら今回の辞任表明で「美しい国」とは、多くの国民が抽象表現でしか捕らえられないままに終わってしまいそうである。
次の総理には、高杉晋作が奇兵隊を武士だけでなく、商人・農民・職人から組織させ海外の艦隊とも戦った如く、全ての職種の国民が一人一人この国の新たな国づくりに立ち上がれる環境を構築して頂きたいと考えている。
そうすれば、諸外国が黄金の国と言ってた頃の美しい日本の様になれるのかも知れないと思う。