今から15年程前であっただろうか、ヨーロッパビジュアルアートワークショップがデンマークのブランデの町で行われたのは・・・
このワークショップ(参加アーティスト40名程)はヨーロッパからの参加者が多かったため、アジアから参加したアーティストは私1人だった。また、当時20歳代だったこともあり、私としては今でも心細い気持ちで参加した思い出が残っている。
このワークショップの事務局と宿泊所になったのがデンマーク国民高等学校(東海大学の教育の原点とも言える教育機関)で、アトリエ(制作場所)となったのが扇形車庫の跡地だったのである。
正確に伝えると車庫跡地では無く、一部現役で使われている場所だった。
この建物は100年以上の歴史があり、昔のように列車の車庫だけに使ってる訳では無かったが、今でも線路保守点検用の車両(フォルクスワーゲン車を改造した車両)が第二次世界大戦前から現役で使われており、その車両の車庫として利用されていた。
その上、驚くことに列車を回転させる台車が現役として使われていたのである。
実は今回、誠に残念なことにその扇形車庫と同様の建造物が旭川に残されてたにも関わらず、今月末にも解体されることになったそうである。
今回の解体で、道内に50前後もあった扇形車庫が苗穂運転所に残されたものだけになる様である。
日本の国鉄はデンマークの国鉄を参考にしてつくられた様で、キオスク等の売店の名前からもその経緯をうかがい知ることができる様である。
その本家のデンマークでは未だに古き建造物や鉄道車両が、大切に保存されながら有効に使われていることに対して、この国でそれらより新しいものが取り壊されてしまうのは誠に残念である。
特に北海道の歴史を考える時、少しでも古き美しく機能的なものを残すべきではないかと考えているが、時代の流れと言えども扇形車庫を全て取り壊す必要があるのだろうか。
現在、首都圏の小・中学校では伝統文化を伝える授業として、茶道や華道を必修教科にする動きさえあるようだ。
それに比べて、伝統文化・芸術等の授業数が削減されてる北海道だからこそ、形として残せる伝統文化を伝えるものを残すべきだと考えているのだが・・・