About 2007年10月

2007年10月にブログ「東海大学 旭川キャンパス 神崎 実 のホームページ」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

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2007年10月 アーカイブ

2007年10月26日

ハーバードMIT東大京大早慶藝大東海でしょう!

今回の書き込みは、私の友人のブログに書き込ませて頂いた内容を引用させて頂きます。
わたしは彼女のブログを毎日楽しみに読ませて頂いておるのですが、今回の書き込みの内容に一部疑問を感じたので書き込ませて頂きました。

ブログに書かれていた内容として、旭川の学力レベルの低さを危惧されており、それは教育の質(能力レベル)にも問題があるとの提言だと読み取りました。
そんな中で、ある高校の校長先生が「うちは北大に何人も入れてるから」との発言に対して、
>北大じゃあない・・・東大京大早慶でしょう!!
と、書き込まれていたのです。

それと、高校生のお嬢さんをお持ちの親御さんの気持ちがダイレクトに伝わってもきましたので、私が現在考えてる思いを素直に書き込ませて頂きました。
内容は多少の修正を加えておりますが、ほぼ以下の通りです。


先だってNHKのプロフェッショナルで京都の堀川高校を取り上げていたのは、ご存知でしょうか?
私も仕事柄、堀川高校の先生達と教育について議論することがあります。
その中で、現在の堀川高校の優秀な生徒さんの何人かは東大京大早慶を目指していないそうです。
何処を目指しているかと申しますと、ハーバード大やMITだそうです。

このことを聞いていて、1940年代に本田宗一郎や松前重義が、日本の一番を目指すのではなく、世界の一番を目指す必要性があることを力説していたことを、思い出しました。
まあ、このことは歴史をさかのぼれば、吉田松陰や岡倉天心が言ってたことでもありますが・・・
(余談ではありますが、天心の生まれは1863年2月14日で私の生れは1962年2月13日です。)

隣国の韓国では、10年以上前からハーバード大やMITに子供達を留学させていた親御さん方が多かったことを考えますと、日本より教育先進国だと言えるかも知れません。
ただ、今回の堀川高校の生徒さん方が韓国の生徒さん方と少し違うと感じられたのは、彼らの多くが親御さんや先生に勧められて留学を決めたのではなく、自主的な学習の中で必要性を感じて決断していることです。

お嬢さんも、自主的な学習に取り組まれていらっしゃる様なので、今後の進路が楽しみですね。

今後、出来れば道内で対外的に教育問題について発言される時には、「北大じゃあない・・・ハーバードMIT東大京大早慶藝大東海でしょう!!」と言って頂けると幸いです。(笑

2007年10月22日

国立科学博物館と海洋堂

先週末より東京に出張していた。
主な目的は現代文明論と知的財産教育についての討論会、銀座のギャラリーで12月に開催する「マセマティカル彫刻展」の打ち合わせと、上野にある国立科学博物館で資料収集をすることだった。

現代文明論とは以前にも書き込んだ様に、私立の東海大学としての建学の教えを説くと共に、現代社会に於いて我々は如何に考え、如何に生きるべきかを学ぶ授業である。
この授業と知的財産教育が如何にして結びつくかについては、知的財産自体が各自の頭の中にあり、各自で考え想像したものがオリジナルな作品であると言うことだと思われる。

銀座での彫刻個展は、12月16日から21日にART BOXギャラリーにて開催される予定で、ここ数年で制作を手がけた数学の概念を造形作品にしたものを展示する予定である。
展示が近くなってきたら詳細を書き込みたいと考えているので、その折には是非ともご来場頂きたい。

上野の国立博物館は10年ぶりぐらいに訪ねたのだが、展示内容も展示空間も当時と比べものにならない位、充実したものに変わっていた。
また、日曜日だったからかも知れないが、企画展が始まっていないにも関わらず多くの子供達や家族で賑わっていた。

最近、多くの科学館を鑑賞させて頂き思うのは、以前のただ単に展示するあり方から、来場者に楽しく見て頂くあり方に変化して来たのだろうと。
それは来場者が問題を解くため、自ら展示品に触れながら体感することによって、それまでの知識がより深い知能に繋がるのだと考えることも出来る。

特に科学館の魅力は、ミュージアムショップに顕著に表れていた。
それは数年前にルーブル美術館のショップの商品として認定された海洋堂さんの商品が、ここの科学館でも新たな商品として高く評価されていた。
 
ここ数年、海洋堂さんの高い技術をはじめ、国内企業が商品の質を国際的に高いレベルにまで引き上げたことは素晴らしいことだと考えている。
これからの問題は、中国での製造メーカーの技術が急激に進んでおり、このままで行くと数年後に多くの企業が日本の企業の技術を上回ることも考えられることである。

その時にこそ、はじめに書いた知的財産教育やオリジナリティの重要性が認識され、この国に定着した考えとして理解された上でものづくりがなされていれば、中国の台頭も恐れる必要はそれ程ないであろう。

2007年10月19日

現代文明論とデンマーク

明朝より東京に出張予定である。
今回は「現代文明論と知的財産教育」とのタイトルの討論会に参加する為に東海大学の高輪校舎に行くことと、次年度からの科学研究費を申請する為の資料収集と打ち合わせをするのが主な目的である。

この現代文明論の授業とは東海大学が創設された60年前からおこなわれているもので、内容は文系・理系の枠にとらわれない人道教育が中心である。
この授業はデンマークの国民高等学校でおこなわれている内容を取り入れたもので、そこでは荒廃した国土を如何にして豊な国にするかについて国民自ら学び実践していたのである。

昨今、デジタル化が進み再度の物質文明に陥ろうとしているこの国において、精神文化を大切に考えることはとても重要である。
また、科学技術を平和利用に活かすことは当然のこととして、科学技術をこの国独自の知的財産として有効に活用することにより、人間社会の幸福と平和に寄与し得る人材の育成が出来るのではないだろうか。

私は芸術作品や伝統的な工芸作品は何れも独創的であり、そのものが知的財産と呼べるものだと考えている。
今後、芸術も科学も文系・理系と分けて考えるのでは無く、多くの人々が豊に幸福で平和に暮らせるように、融合しながら知的財産として共有出来るものであるべきだと思う。

これからは科学技術も芸術作品も、多くの人々の生活も精神もが豊になるようなものでなくてはならないであろう。
そのためには、東海大学でおこなわれている現代文明論の授業の持つ意味を、多くの学生達に伝えることが重要だと考える。

2007年10月16日

旭川市を夕張市の様な状態にさせない為に!

はじめに、偉そうなタイトルをお許し願いたい。
西川市長に成って早や1年が経過しようとしているが、市民の方々は如何にお考えなのか・・・
現在、旭川のまちが債権団体に成ることはあり得ないとお考えだった市民の方々も、以前に比べると減少していると、感じている。
私がリコール活動をはじめた3年前ならば、多くの市民の方々も菅原市長のままでこのまちが潰れることは無いとお考えだったのだとも思われる。

しかしながら現在、このまちの生活保護世帯や母子家庭の割合の多さを鑑みた時、あるいは市の蓄えが無くなり、多くの借入金で予算を組まなくてはならない現実を知った時、まちが潰れることを意識する市民の方々が増えて不自然ではないと思われる。
特に昨年、夕張市が債権団体に成って以降の危機感は、決して対岸の火事でもないだろう。

私はまちを潰さないことと企業を潰さないことが同じものだと感じている。
また、私どもが勤めている教育機関も企業同様に社会が必要としなければ潰れるであろうと思われる。
夕張市の現状を詳しく語るまでもなく、潰れてしまってからでは再生することが必要以上に難しいことを、多くの人々が理解せざるを得ない現状がこの国に定着してしまった。

このまちもこの教育機関も潰さない為のヒントは、春に訪れたボストンのMITと今回久しぶりに訪れた東京藝大にあった様に思う。
それは、それぞれの組織が自立して個々も自立することにあるのだと、強く感じている。
詳しく書くと、MITでの考え方と藝大での考え方の共通のものは、一般的に教育機関で考え難かった、それぞれの機関が独自で財源を生み出すことを積極的に取り入れているところであろう。

偶然にもNHKのプロフェッショナルの番組で今しがた放映していたのが、京都の堀川高校であった。
偶然の理由は藝大の後輩が音楽の授業で活躍していることと、初夏に京都大学にておこなったマセマティカルアート展に生徒が大勢来てくれたこと、一番の理由は公立の堀川高校が旭川市より多くの大学より改革がおこなわれていることであった。
それはMITや藝大と同レベルの改革で、自立することのモデル校の様にも見えた。

今回のプロフェッショナルは西川市長を始め、行政関係者にも議員にも商工会議所の方々にも是非とも見て頂きたいものである。
ここの教育機関の方々には、私が責任を持って伝えるべきだと感じている。
この番組の中で、偶然にもボストンの教育関係者が堀川高校を視察していたシーンを流していたことは、偶然でなかったのかも知れない・・・

2007年10月11日

岡倉天心と東京藝術大学と茶の湯の美

先週末、科学技術館と銀座のギャラリ-での打ち合わせの為、東京に出張していた。
最終日の月曜日に多少時間を取ることが出来たので、久しぶりに母校でもある東京藝術大学に行き、美術館で開催されていた岡倉天心展を鑑賞して来た。

岡倉天心については以前にも多少書き込んだが、少し説明させて頂くと、今から120数年前に東京美術学校を当時23歳前後であった文部技官の彼が創設を任されたのである。
天心はその後、フェノロサや狩野芳崖や高村光雲達の協力を得て27歳にして初代校長になったのである。

天心の理念は、日本の伝統的な工芸・彫刻・日本画の作品としての質を高め、世界に誇れる美術作品を生み出すことにあった様である。
その為、初年度の学生に幅広い技術を身に付けさせることを課せ、描写力は勿論のこと彫金・鍛金・彫刻等の技術を職人を養成するかの様に教育していたのである。

また、面白いことに天心が校長だった時には厳格な制服があり、それも当時ではほとんど着られていなかった数百年も前の古めかしい装いだった様である。
反面、この様な厳格な教育姿勢に対して反発する者も多かった様で、天心は9年目にして美術学校を追放されるのである。

反発してた多くの教員は、皮肉にも天心同様に帝国大学を卒業してヨーロッパにて勉学のために留学経験があり、帰国したエリート達であった。
彼等の多くはフランスで学んだ基礎的な石膏デッサンや裸婦デッサンこそが、芸術や美術の基本であると考えていたので、天心の教育方針や服装が気に食わなかったのであろうか・・・

天心は彼等の考え方を多少聞き入れながらも、日本の伝統的な自然物を中心として描写力を養うことや、職人的に材料に直接触れて技術力を高めることを勧めた。しかしながら、結果的には美術学校を追い出されることになってしまった。
私が考えるに、明治維新後の急速な欧米化によって、伝統的な美しさを追求することが遅れてる考え方と思われると共に、旧態依然の考え方がこの国を駄目にすると思われたのではないだろうか。

私としては岡倉天心の考えていた美が、華道・茶道や武士道にまで通じており、決して旧態依然の考え方ではなかったと思える。
当時から120年経った今こそ、この国の伝統的な自然に対する思いや職人の技術に対する思いが再度見直される時期になったのではないかとも強く感じている。

2007年10月01日

茶の湯釜と美しい日本

昨日、知人に誘われて「茶の湯釜の楽しみ方」大西清右衛門(千家十職釜師十六代)さんの講演会を、市内の花月会館にて聴講させて頂いた。
大西さんは茶の湯釜の製作(制作を使った方が適切かも知れない)に於いて、現在この国を代表される方のお一人であると強く感じさせられる内容のお話だった。

特に作品の多くは伝統的な技術を職人として堅持しながらも、オリジナリティ溢れる斬新な意匠や技術を駆使して製作されており、その姿勢に感動すら覚えた。
彼の手によって製作された湯釜は、茶道の道具としての釜の機能を100%持ちながら、芸術作品としての美しさをも彫刻の様に持ち合わせているのである

また、彼は茶の湯釜が形に嵌まって作られる必要も無いであろうし、それを使い見る人々が必要以上に完璧なものを求めることも無いのではないかと述べておられた。
講演会に来られてた多くの茶の湯の愛好者の方々にも、完璧でない風景の美しさがあることや、錆びていくことを必要以上に気にすることもないと、伝えておられた

この言葉は私が学生だった頃、以前にも書いた彫刻家の前田哲明とよく話をしていたことでもあったし、イサム・ノグチ氏土谷武先生若林奮先生もよく述べられておられることでもあった。
日本の美とはワビ・サビを出すまでもなく、日常生活の中にそれらの不完全さが含まれており、それらが規則正しくないことが美しさに繋がっているのだとも思われる。

講演が終了後、少しの時間を大西さんと共に話すことをさせて頂いた。
すると年齢は偶然にも私と同世代で、その上3ヶ月ほど前に藝大での同期の陶芸家今井眞正の結婚式に出席させて頂いた時に、会場にいらしたそうである。
その時に参加されてた民主党の前原代議士も同世代である

先だって旭川美術館にて彫刻作品展を開催した三沢厚彦も同世代だし、奈良美智さんも菱山裕子さんも村上隆さんも同世代だと考えると、そろそろこの国でも伝統文化・芸術の世界に於いても世代交代の時期を迎えたのかも知れない

今後、江戸時代のような美しく華やかな文化・芸術の環境以上の国を構築する為に、私達の世代が分野関係なしで力を合わせて行動することが望まれてるのかも知れない
私自身も数年間に渡り学ぶことを止めていた華道を、先月より今まで以上に深く学び始めている