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2008年01月22日 21:56に投稿されたエントリーのページです。

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旭川にペリー来航!150年ぶりの変革2

アール・ブリュット展の講演内容で気になったことの続き。
・アール・ブリュットの作家達の作品に嫉妬する作家が多いこと
・アート(芸術)と言う認識が存在しない世界
・描き方やつくり方を教えない教育
・彼等の行動自体が反逆的(平和的)
・他人の評価を気にしない表現
・作品の価値

前回、「・アール・ブリュットの作家達の作品に嫉妬する作家が多いこと」についてだったので、今回は以下のことについて書きたい。
・アート(芸術)と言う認識が存在しない世界
これはペリーさんが最終的にアートと言う言葉が存在しない世の中になれば良い、とのニュアンスのことを言われていたことに対して、今後アール・ブリュットと言う特別な存在も必要なくなるのでは、と思ったのである。
現在、国際的に見てもアートの分野で創作活動だけで生活できている恵まれた環境の方々は、基礎的なトレーニングを受けてきている方々が多いと思われる。
逆に基礎的なトレーニングを受けてない方々がアーティストと呼ばれることは少なく、アール・ブリュットの作家がその代表となるのであろう。

そもそも基礎的なトレーニングを受けて作品制作をしてる方々の作品がアート作品になるのであろうか?
それとも基礎的なトレーニングを受けてないことの方がアート作品を生みやすいのであろうか?
これらは両者共にあり得る話だと考えられる。
そうだとすると、基礎的なトレーニングを受けてない方々がもっと多くアート作家をやっていれば良いのだが・・・
現実的にはそんなにあまい世界でもなさそうである。

この国でも明治維新前はアート(芸術)との言葉を使うことがなかったようである。
リベラルアーツ(一般・基礎教育)の考え方が欧州から入ってきて、人々がものごとを学ぶ時に重要な学問だと考えられていたようである。
その教科の中には数学や哲学や美学等の学問が含まれていたようであり、そのアーツの部分を藝術と訳すようになったのである。
その意味でも、150年前のこの国には藝術と言う分野は存在してなかったのであろう。
それはペリーが考えていた、芸術との言葉のない世界だったのかも知れない。

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