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2008年05月21日 10:14に投稿されたエントリーのページです。

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デッサン(描写)と東京芸術(藝術)大学の教育

私が受け持っている授業は描写・アート基礎・立体表現・クラフト・芸術論等の授業であるが、その中で特に学生達への導入部の授業として大切だと考えているのが描写である。
それは大学へ入学する為に必然的に行なわれるものではなく、今後、彼等が自らのスキルにすると共に彼等にとって面白く取り組めるものでなければならないと考えているからである。

その観点から考えると、東京芸大の入試にて行なわれていたデッサン等に、偏差値輪切り教育における国語・英語・数学等の評価と同様なことを感じている。
私としては高校・大学に入学する前に、基礎基本と言われるような教科の学力を身につけておくことは大切だと考えているが、それが石膏像の形を正確に写し取るコピー力や主要3教科の偏差値を上げる為の暗記力を高めることだけではいけないと思っている。

特に基礎基本としてのリベラル・アーツ教育の観点からすると、古くは文法・修辞学・弁証法(論理学)、算術・幾何・天文・音楽が挙げられるのであって、天文や音楽も含まれていたのである。
また、この国にリベラル・アーツの考え方が幕末に入ってきて藝術との言葉が生れたことを考えると、基礎基本の根底には天文(自然科学)や音楽や美術も当然含まれるべきだとも思われる。
(未だに東京芸術大学出身の多くが、藝術との言葉がどのようにして生れたのかも知らない状況だと考えると寂しい限りである。また、地方の教育大学等で技術偏重主義的な観点から教育者を育てる教育が行なわれているとすると、不幸な結果を招きそうでもある。)

この国が明治維新の頃、ヨーロッパに於いてはシュタイナーにより初等・中等教育にてアート教育が導入されており、この教育方針もリベラル・アーツ教育の根底をとらえたものだとも考えられる。
その上、シュタイナー教育を支援していた人々にヨゼフ・ボイスや今井兼次がいたことも興味深い。
特に早稲田大学建築科にて教鞭を執っていた今井兼次が武蔵野美術大学や多摩美術大学の創設に係っていたことが、当時の法学部出身で官僚政治を行なっていた一部のエリート達へ、どのような影響を与えていたのかが興味深い。

話は東海大学旭川キャンパスでの描写の授業に戻って考えると、私としては学生達に興味を持ってもらい面白く基礎基本を学び修得してもらうことに重点を置いている。
それは幾何形体や石膏像を中心に描写してもらうのではなく、植物や動物等の有機的なモチーフを中心に描かせるようにして表面的な形にとらわれずに、根底にある本質的なものをとらえてもらいたいからである。

そのことは、松本キミ子さんが実践されているキミ子方式の描写方法とも、シュタイナー教育にてアート教育を早期に導入することとも、近いものだと感じている。
今後、描写等に初めて取り組む学生達に対して、個性や発想を伸ばしながら、基礎基本を身につけることのできる教育環境にして行きたい。

そもそもこの国では、リベラル・アーツ教育が入ってくる前から宮大工や仏師の方々にはそのような指導方法があったのだとも考えている。
特に西岡常一棟梁や小川三夫棟梁の指導方法を観ていると、そのように強く感じている。

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